塔尾陵(とうのおのみささぎ)

「身はたとへ南山の苔に埋むるとも魂魄は常に北闕の天を望 まん」 と詠み都を憧れつつ、吉野金輪王寺でついに崩御されたそうです。
後醍醐天皇の遺骸は後醍醐天皇が勅願所とされていた如意輪寺の裏山、塔の尾へ埋葬され、後醍醐天皇のごいしどおり、京都に対する願いを表すために、天皇家の墓陵としては唯一北向きとなっており、「北面の御陵」として有名です。この如意輪寺の裏山には、後醍醐天皇の孫に当たる長慶天皇、その皇子の「世泰親王」が一緒に葬られています。後醍醐陵の手前右手にあります。この御陵は、今も、宮内庁が管理されています。
墓陵は円墳の塔尾陵(とうのおのみささぎ)と呼ばれる

後醍醐天皇塔尾陵・長慶天皇皇子世泰親王墓の名が刻まれています

墓陵への階段と宮内庁の建物
この階段のうえに後醍醐天皇陵があります。階段の足下には、足下にお気をつけくださいの看板がみえます、落ち葉の多いこの季節でも、とてもきれいに掃除がされていて、驚きました。
階段の上にあがり振り向くと下に見える階段が「世泰親王墓」への階段です。その向こうが如意輪堂の裏側で、このすみに、芭蕉の句碑があります。
ここが後醍醐天皇塔尾陵です。
長慶天皇皇子世泰親王墓
この上に後醍醐天皇の孫に当たる長慶天皇。その皇子の「世泰親王墓」があります
世泰親王墓
寄ってみますと、「世泰親王墓」の文字がみえます。

「世泰親王墓」から振り返ると多宝塔をのぞむことが出来ます。おおよそこの方向が北の方向だそうです。
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